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2026.6.14
【第14章 50代後半、最後のフルマラソンへ】全16章

「やめる勇気」と「続ける力」。 この二つは、スポーツだけでなく、人生そのものを支える大切な軸だと、私は40年近くの挑戦の中で学んできました。

これは、特別な才能の物語ではありません。「動けば道は開ける」 というシンプルな真実を信じて歩んできた記録です。

もしあなたが今、何かを始めたい、続けるか迷っている、やめるべきか悩んでいる、もう一度挑戦したい そんな気持ちを抱えているなら、 この物語が少しでも背中を押せたら嬉しく思います。

 

50代半ばになると、茅ヶ崎や川崎の店舗勤務となり、 自転車通勤や、帰り道のジョギングを増やしました。

  • 茅ヶ崎:片道約20kmを往復自転車、もしくは片道ジョギング
  • 川崎:片道約35kmを往復自転車、もしくは帰りに一駅手前から10km弱のジョグ

その後、ECサイト向け完成車組立・出荷体制構築のため芝浦勤務となり、 朝は品川から走ったり、帰りに一駅手前から走ったりと、 若い頃のように運動量が増えていきました。

「60歳を迎える前に、もう一度フルマラソンに挑戦したい。 サブ3は無理でも、サブ4なら……」

そう思い、 LSD、インターバル、ヒルトレーニングなど、これまで学んできたトレーニングを組み合わせ、 ポラールの活動量計で心拍やVO2MAX、睡眠量を確認しながら計画的に練習を積みました。

横浜マラソンに当選したものの、コロナ禍で中止になりました。 記念のTシャツを眺めながら翌年に目標を延ばし、再び調整を続けました。

レース1週間前、自宅近くをジョギング中に動悸と吐き気を感じ、 帰宅して血圧を測ると「165-120」。

「これはまずい」と、いつもの内科医(自転車好きの先生)のもとへ行きました。

「もともと高め(135-90)だったからね。 でも、無理しなければ出てもいいんじゃない? 出たいんでしょ?」

と、半分心配、半分背中を押すような言葉をもらいました。

当日、妻も応援に来てくれました。 スタート前、MCの声を聞きながらランドマークタワーを見上げていたのは、 こみ上げる涙を悟られないためでもありました。

スタート後は、心拍が120を超えないようペースを抑え、 1kmあたり6分30秒ほどのゆっくりしたペースで走りました。

沿道の応援、ボランティアの方々の声援、 首都高速上の工事関係者車両の電光掲示板に表示された応援メッセージ—— その一つひとつに胸が熱くなりました。

10km、20km、30kmと進んでも脚は不思議なほど軽く、 「もう終わってしまうのが惜しい」とさえ感じました。

それまでのレースはスタート後から 「あと何km」「あと何分我慢すればいいか」 ばかりを考えていましたが、 このとき初めて、

「楽しい。もっと走っていたい」

と思いながら走ることができました。

結果は5時間弱。 タイムはどうでもよく、 60歳を前にして迎えたおそらく最後のフルマラソンで、 こんなにも気持ちよく、感謝の気持ちでいっぱいになりながら走れたことが、 何よりの宝物になりました。

その後は、医師の勧めもあり降圧剤を服用しつつ、 ジョギングはペースを落として継続しました。 長い距離は、妻を心配させないよう控えるようになりました。

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